[本格ノンフィクション連載]ゼットの人びと 第29回 ドイツ育ちの頑固者
社会 | 2021.09.10 |
トヨタ「特命エンジニア」の肖像
BMWとのスポーツカー共同開発計画は、暗礁に乗り上げつつあった。まさに異文化コミュニケーション――ハチロクをスバルと作った時とは、比較にならない。ひとりの男に、打開の期待がかけられた。
清武英利(ノンフィクション作家)
BMWとのスポーツカー共同開発計画は、暗礁に乗り上げつつあった。まさに異文化コミュニケーション――ハチロクをスバルと作った時とは、比較にならない。ひとりの男に、打開の期待がかけられた。
清武英利(ノンフィクション作家)
前回までのあらすじ/トヨタの中枢部署「Z」でチーフエンジニアを務める多田哲哉は、富士重工業(現・スバル)との共同で、2012年春に新型スポーツカー「86」を完成させた。売れ行きは好調だったが、今度は「BMWとのスポーツカー共同開発」という新たな任務を命じられ、社内の異能異才を引き込みながら調整に奔走する。
バイオリンより、車がいい
技術本館のトイレで、チーフエンジニアの多田哲哉は、縁なし眼鏡の技術者に出くわした。短髪のその男はまだ三十九歳なのに妙に落ち着きかえって、小便器に向かっている。気難しいという評判そのままだった。多田はいつものポロシャツ姿ですっとそばに寄り、いきなり話しかけた。
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