[本格ノンフィクション連載]ゼットの人びと 第24回 テレビCMは流さない

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トヨタ「特命エンジニア」の肖像

低燃費が持て囃される時代に、あえてスポーツカーを造る意味とは何か。言葉にできない思いを胸に秘めるのは、エンジニアだけではない。自動車という文化に、新たなハチロクが再び火を灯すのだ。

清武英利(ノンフィクション作家)

前回までのあらすじ/トヨタの中枢部署「Z」でチーフエンジニアを務める多田哲哉は、特命を受けて名スポーツカー「ハチロク」の系譜を引く車作りに取り組んだ。富士重工(現・スバル)とエンジンを共同製作し、社内の愛好者の意見からデザインを決定。ついに完成した新生「86」が、全世界のファンのもとに届けられようとしていた。

ハチロクの試乗会

 マルマン・モーターズは札幌から北に十二キロ、北海道石狩市の小さな自動車整備工場である。主人は萬年(まんねん)広光という縁起のいい名前で、SNSをよくこなし、走り屋たちにも知られた存在である。

 先の東京オリンピックの前年にあたる一九六三年生まれだが、いつも嬉々とした快活な気性でお調子者でもあったから、歳よりもずっと若く見られている。ちょっと小太りで血色も愛想も良く、「僕は良い人なんかじゃないですよ」と言いながら、福々しい笑いを浮かべている。



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