週現スペシャル 65歳以上の16人に1人が直面する「老後破産」200万人の衝撃 第1部 「普通のサラリーマン」だった私は、定年からたった10年で破産した

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――長生きなんか、するんじゃなかった

70過ぎて、食うモノに困るとは……

人生の最期を悲惨な状態で迎える人がいま急増している。なぜ、どのようにして人は破産してしまうのか。厳しい老後破産の現実はあなたも無関係ではない。

妻の病をきっかけに

「なんでこんなつらい思いをしてまで、長生きしなきゃいけないんでしょうか」

 着古したジャージに身を包んだ香川庄治さん(仮名/71歳)は、嗄れた声を絞り出し、こうつぶやく。6年前に妻を亡くしてから、神奈川県の自宅でひとり「亡骸」のような日々を送っているという。

「家事は妻に任せきりにしていましたから、彼女が亡くなってからも自分で炊事することはありません。食事は日に一食。夜にスーパーで半額になる弁当を買うか、チェーン店の牛丼を食べに行くのが日課です。近所付き合いもないですし、毎日することは何もない。家に閉じこもり、テレビを眺めて一日が過ぎていきます。こんな惨めな生活をしているなんて、誰にも言えません。親戚にだって、無用な心配をかけたくないので、連絡を取らなくなりました」

 大学を出て、食品メーカーに38年間勤務し、60歳で退職。一人息子は同居している。定年後は、妻と穏やかな老後を送ろう―そう思っていた。当時の貯金は、退職金もあわせて約3200万円。だが現在、貯金は底をついている。

「定年してから半年後、妻にがんが見つかったんです。進行した乳がんでした。手術しましたが、すでに全身に転移してしまっていた。

 現役時代、私は家庭を顧みず、すべて妻に任せて働いていました。これからは楽をさせてあげようと思っていたんです。だからこそ、何をしてでも元気になってほしかった。病院を転々とし、最新の放射線治療も受けました。それに漢方や健康食品など、身体にいいと聞いたものは何でも試した。

 彼女が自力で歩けなくなってからは、300万円出して車椅子を乗せられるワゴン車を買い、がんに効くと言われる温泉にも連れて行った。けれど結局、闘病の末に亡くなったんです」

 妻の命のために、カネを惜しむという選択肢はなかった。がん保険には入っていなかったため、3000万円という貯金額は、6年間でみるみるうちに目減りしていた。気づいたときには、もう「手遅れ」。現在は月14万円の年金だけで生活している。

「実はウチには、40代になる息子がいて、うつ病を患って会社を辞めてから、家に引きこもっているんです。私の年金だけでは暮らしていけない。

 少々具合が悪くても、病院にも行けません。検査なんかしたら、絶対悪い病気が見つかるに決まっていますから。毎日、目が覚めるたびに気が重くなります。何度も死のうと考えましたが、息子がいますし、天国の妻がそれを知ったら悲しむだろうと思って、必死で生きている状態です」

 悠々自適な老後を送れるはずだったのに、気がつけば、想像だにしない厳しい現実と向き合わざるを得ない。香川さんのように、破産状態に陥る高齢者がいま急増している。

 9月28日に放映されたNHKスペシャル『老人漂流社会 "老後破産"の現実』では、「生活保護水準以下の収入しかないにもかかわらず、保護を受けていない」破産状態にある高齢者の現状を「老後破産」と呼び、特集を組んだ。番組を制作した板垣淑子プロデューサーが語る。

「少子高齢化が進み、年金の給付水準を引き下げざるを得ない一方、医療や介護の負担は重くなっています。自分の年金だけを頼りに暮らしている独り暮らしの高齢者の中には、崖っぷちでとどまっていた人たちが、崖から転げ落ちてしまう、いわば『老後破産』ともいえる深刻な状況が拡がっています」

 いったい破産世帯はどれくらい存在するのか。河合克義明治学院大教授が語る。

「私たちが実施した東京都港区と山形県における調査では、生活保護基準よりも低年収である高齢世帯の割合がどちらも56%と、高齢世帯のほぼ半数にのぼることがわかっています。現在、一人暮らしの高齢世帯はおよそ600万人。推定で300万人が低年収世帯と言ってよいでしょう」

 そこから、生活保護を受給している高齢世帯を差し引いた、200万以上もの人々が老後破産の状態にあると推定される。日本全国で65歳以上の高齢者の数は3200万人。およそ16人に1人が老後破産の状態にあり、独居高齢者に限れば3人に1人にも上る。

友達もいなくなり

 前出の番組で紹介された破産の当事者の姿は衝撃的だった。

 番組の冒頭、カメラは東京都港区のアパートに住む田中樹さん(仮名/83歳)のもとを区の相談員とともに訪れる。全国的に見て高齢世帯のうち単身世帯の割合が高い港区では、孤立対策として聞き取り調査を行っている。

 カメラに映し出されたのは、ゴミ屋敷になる一歩寸前までモノが散乱し、足の踏み場もない一室。そこで田中さんは、小さく縮こまっている。痩せていて、顔に覇気がない。心配した相談員が尋ねる。

―暮らしぶりはいかがですか?

「ぜいたくはできないねえ」

―もしかして電気止められていませんか?

「そのままにしています。夕飯の仕度をするときはガスの炎を頼りにすれば、なんとか調理できるよ」

―ちゃんと食べれていますか?

「こういう時が来るんじゃないかと思って、ひやむぎを買い置きしておいたんだ。それでなんとか助かっているよ……」

 田中さんの頼みの綱は、会社員時代に払った厚生年金を含めた月10万円の年金収入だ。家賃6万円を引けば、4万円しか残らないため、一日500円以下の切り詰めた生活を送っている。

 田中さんは、特に変わった経歴の持ち主というわけではない。ビール会社で正社員として23年間働いたのち、40代半ばで独立し、飲食店の経営をはじめた。だが、赤字が続いて倒産し、退職金も使い果たした。

 田中さんは番組スタッフに一枚の絵を見せた。黒い背広を着て、口ひげを生やした男性の肖像画。絵が趣味だった田中さんが「社長となった自分の老後」を想像して描いたものだ。

「まさか(現実が)こんなことになるとは夢にも思っていなかったね」

 絵を見つめ、こうつぶやく田中さんにいまの生活で何が一番辛いか、と番組のスタッフが尋ねる。

「友達がいなくなったことだね。貧しさを知られたくないから、付き合いを避けてしまった」

 年金支給日の前日、食べ物を買うカネも尽きた田中さんは、部屋で横たわったまま動かない。

「やることはすべてやったんだから、早く死にたいというのが正直なところです。でも自殺するわけにもいかないしね。いま抱えている不安をなくすためには、死んじゃったほうがマシだ……」

 彼らは決して特異なケースではない。普通のサラリーマンであっても、老後破産状態に陥る可能性はある。そう警鐘を鳴らすのは山田知子放送大教授だ。

「たとえ大企業の部長職まで出世した人であっても、老後破産と無縁というわけにはいきません。住宅ローンを退職金で払い終えたら、残りの金額は心もとないという方は多いのではないでしょうか。

 当然、中小企業のサラリーマンはもっと危険で、年金収入のみに頼る状態では、いわば薄氷の上を歩いているようなものです。親の介護や子どもの就職失敗など想定外の出来事で、当初の予定が容易に崩壊するからです」

 多くの人は、何をきっかけに破産に追い込まれるのか。まず直面するのが、自身の健康問題だ。西垣千春神戸学院大教授が解説する。

「高齢者にとって、健康問題は避けることはできません。それまで元気でも急にひとりで動けなくなる人もいますし、90歳を超えるとおよそ半数が認知症になると言われています。

 家族と離れて暮らしていれば、健康の変化がなかなかわからない。そのため、周りの人が気づいたときには、破産に至っていたというケースは決して少なくありません」

子や孫には言えない…

 実際、本誌が取材した中で次のような事例があった。

 愛知県に住む浅田隆さん(仮名/73歳)は、大学卒業後、警備会社に就職し、定年後も再雇用制度を利用し、働き続けていた。しかし、腰痛が悪化して欠勤の日が増え、会社にいづらくなって、2年で自主退職。以来、退職金と年金収入のみで暮らすようになる。

 そんな浅田さんが破産にいたるまで、10年もかからなかった。浅田さんを保護したNPOの担当者が語る。

「浅田さんの場合、腰痛の治療費に加え、退職後しばらくしてから、軽度でしたが、認知症を発症したのが、破産にいたった大きな要因でした」

 浅田さんは妻を60歳のときに亡くし、子どもも離れて暮らしていたため、誰も苦境に気づかなかった。

「息子さんも盆や正月に帰省したときに『少しカネ遣いが荒くなった』とは感じていたそうですが、『やっと退職したんだから自由にさせてあげよう』と放っておいたそうです。

 しかし、判断力の低下による無駄遣いや保険の使えない鍼治療などで、あっという間に退職金は底をついてしまった。食うや食わずの生活をしていた浅田さんが万引きで捕まったときに、私たちの団体に引き渡されて、破産がやっと発覚したんです。

 捕まったときも『子どもや孫には恥ずかしいから言わないでくれ』と懇願されましたが、連絡を取りました。面会に来た息子さんに対して、『たった10年でどうしてこんなことに』と嘆いていました」

 破産に至るきっかけは、病気だけではない。頼りになるはずの子どももリスクになりうる。

 神奈川県に住む小野雅俊さん(仮名/69歳)は、都内の建築設計事務所の正社員として定年まで勤め上げた。現役時代は、よく働きながらも、同僚と飲んだりと、サラリーマン生活を謳歌。退職時には、退職金を含めて2500万円ほどの貯金と、株券や保険などを合わせて総額4000万円程度の資産があった。小野さんが語る。

「家は持ち家だし、庭の畑で野菜を作っているし、生活費は光熱費とガソリン代、そして趣味のゴルフや付き合いの飲み代くらいなものでした。二人の子どもたちも独立しており、何年も前にローンは完済。いままで懸命に働いてきた分、『さあ、これから老後を楽しもう』と暢気に考えていました」

 そんな小野さんが「いまほど苦しい時期はない」と語るようになるまでに、何が起こったのか。小野さんが続ける。

「きっかけは、すでに独立し家庭をもっていた息子が起こした交通事故でした。100%こちらに責任のある事故で、相手は障害を負ってしまいました。しかも、運の悪いことに、息子は1ヵ月前に保険が切れていたんです。慰謝料に1000万円、相手に治療代や入院費、障害が残ったことで必要になった家の改築費など、総額で5000万円も相手から請求されました。これをすべて払わないといけない。裁判をしても仕方ない、息子の過失責任は逃れられないと覚悟し、そのまま払うことにしました」

 毎月30万円の賠償金を払うため、息子の給料は、ほぼ天引きされている。子どものいる息子家族は、住んでいたアパートを出て、小野さんの一軒家に同居することになった。小野さん自身も、貯金や保険をすべて解約したが、5000万円には到底足りなかった。

「大事にしていたゴルフクラブもまとめて売りに行きました。何十万円もしたパターが、2000円という悲しくなるほど安いカネにしかならず呆然としましたよ。会社時代の人間関係も、カネがかかるので畳みました。正直なところ、当初は『こんなことがあっていいのか』と、相手を随分と怨みました。

 ですが、責任を重く感じた息子が、休みの日もトラック運転手のアルバイトをしている姿を見て、私も生きているうちに出来る限り助けてやりたいと思うようになり、早朝のチラシ配りのバイトをはじめました」

 現在、小野さんはチラシ配りに加えて、隣町にあるコインパーキングの管理人のバイトもしている。孫を含めた一家5人にとって、小野さんの年金は、大きな収入源のひとつだ。

「孫に『おじいちゃん! ファミレスに連れて行って』とせがまれても、『いいよ』とはなかなか言えない。貴重な生活費が何日分か飛んでしまいますからね。『外食は身体によくないからね』と適当な言い訳をして、なるべく断っています。本当に情けなくなります。これで持ち家でなかったら、さらに悲惨な状況になっていたと考えると、本当に恐ろしい……」

息子の会社が倒産して

 小野さんのように持ち家が命綱になる場合もあれば、逆に持ち家が大きな足かせになる場合もある。

 都内に土地と家をもっていた大木ハルさん(仮名/85歳)は、介護が必要な上、持病の心臓病の不安もあり、40代の息子夫婦と同居することに決めて、千葉の高級住宅地に2世帯住宅を購入した。息子と大木さんの二人の名義で住宅ローンを組み、子どもに見守られながら老後を過ごすはずだった。だが、これが破産への引き金となった。

 大木さん一家の相談を受けた、ケアマネージャーオフィス「ぽけっと」代表の上田浩美氏が語る。

「毎月20万円のローンを組んだのですが、息子さんの勤めている会社が不況のあおりを受け倒産するという不運に見舞われたんです。大木さんの預貯金をローンの返済に充てたのですが、おかげで老後のために取っておいたおカネはゼロに。それでも足りずに、お嫁さんも働きに出ています。

 大木さんはひと月10万円近くかかる介護サービスを受けています。心臓病だけでなく、認知症もあるので、もっとサービスも必要なのですが、家計の都合もあって、満足に受けられない。生活保護を受けてもいいくらいの水準です」

 意外に知られていないことだが、住宅ローンがあると生活保護を受けることができない。というのも、その状態で生活保護を受けると税金で個人の資産を形成していることになってしまうからだ。上田氏が続ける。

「生活保護を受けるために世帯分離という方法もあるのですが、この歳で家族と離れて暮らすのも厳しいでしょうし、ご本人も『お上の世話にはならない』と言っています。大木さんのようにプライドがあって『施しは受けない』『世間様に申し訳が立たない』という人は多いですね」

 前述の香川さんたちのように、誰にも頼れず、自らカネに困っていることを声に出せない人だけではない。大木さんのように、家族と同居していてさえ、破産の危険と無縁というわけにはいかないのだ。

 大木さんは別れ際、大きなため息をつきながら次のように答えた。

「こんなに長生きするなんて思ってもみなかった。もっと早くコロリと逝くはずだったのに。85歳にもなって、こんなに苦労する目に遭うなんて……」

 これが、老後破産に陥った多くの人の本音だろう。超高齢社会が生んだ厳しい現実は、あなたのすぐそばにまで迫っている。

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2014/10/11号


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